Text:黒田隆太朗
Bialystocksとは何か?という問いを投げかけたインタビューである。
結成のきっかけは2019年、映画『はるねこ』の生演奏上映会だった。Bialystocksはそのプロジェクトで終わると思いきや、気づけばバンドとして動き出し、あっという間に7年の歳月が経っている。その間彼らはみるみる内にリスナーからの支持を獲得。ライブの規模は年々上がり、2026年は3曲のタイアップで話題を集めるなど、シーンでの存在感は増すばかりである。
映画監督・映像作家としても活動するボーカリスト・甫木元空と、ジャズをベースに持ちながら自由にジャンルを横断するピアニスト・菊池剛ーーキャリアもルーツも異なるふたりが、互いの“ズレ”を擦り合わせながら上質な音楽を作り上げる。それがこのバンドの面白さだ。
初の武道館公演を控えるふたりに取材を申し込んだところ、菊池剛からはじっくり考えて質問に答えたいという返事があり、彼とはメールでラリーを行うことにした。というわけで、菊池とメールでやり取りをする傍ら、甫木元とは対面で話を聞くという変則インタビューである。テキストはそれぞれ別個に掲載することもできたが、むしろその“ズレ”をくっつける方がこのバンドのあり方に相応しいのではないかと思い、1本のインタビュー原稿として構成している。
昨年行われた単独公演2025、二人編成ツアー、2+5ツアーの話題を皮切りに、今年リリースされた3曲の新曲、「言伝」「Everyday」「一瞬」について語ってもらった。Bialystocksにしかない絶妙なバランスを楽しんでほしい。
ーー2025年はリリースがなかったんですよね。びっくりしました。
甫木元:そうですよね。傍から見たら何をしてたんだろう?って感じだと思うんですけど(笑)。「二人編成ツアー 2025」をやっている合間に制作していたものを、2026年にまとめてリリースすることになりまして。感覚としては去年から地続きというか、たくさんの場所をふたりで回って、その先の武道館を思い描きながら制作も続けてーー2026年で区切られたというより、去年からずっと続いてる感じです。
菊池:ツアーが多かった年ですが、それよりも常に何か制作に追われていた年で、ライブはその合間にあった出来事という印象です。
ーー昨年はイギリスの「The Great Escape 2025」や、韓国の「Asian Pop Festival 2025」など、海外のステージにも立ちました。手応えはいかがでしたか?
甫木元:海外に行けるのは純粋に楽しいですね。リアクションも全然違いますし、自分たちを知らない人にどういうふうに曲が聴かれているか、それを見られるのも面白かったです。
菊池:他のアーティストのライブを見て、やはりビートがはっきりしている音楽のほうがリスナーの反応が良い印象はありました。しかしそれよりも様々なアーティストがいる中で、自分が好きだと思うことを自信をもって突き詰めることが大事だと感じました。
ーー昨年はホーンを含む8人編成の単独公演2025(東京・国際フォーラム ホールA、大阪・フェスティバルホール)、ピアノとボーカルだけで全国19ヶ所を回るツアー、そしてパーカッションを迎えた7人編成のZeppツアーと、全く毛色の異なるライブを行いました。それぞれの公演をどう位置づけていたのでしょう。
菊池:単独公演2025は、軽いレビュー(Revue)のようなイメージで構成しました。1曲ごとに異なる物語が存在することを強く意識しつつも、最後は華やかな感じで終わることで、公演全体でひとつの作品として感じてもらえるような構成を意識していました。単独公演のような構成や編曲は自分から一番自然に出てきやすいものですが、大きな会場でどの程度伝わるかは未知数なので、国際フォーラムの最後列にいらっしゃった方の感想を聞いてみたいです。
二人編成ツアーは、会場の響きやピアノの状態などをリハーサルで見てからセットリストを考えていました。Zeppツアーはある種の雑さを許容してみようという気持ちを元に作りました。
ーー国際フォーラムについて、菊池さんは「最後列にいらっしゃった方の感想を聞きたい」と話されていました。単独公演2025で体感した特別な会場での鳴りや響きについて、甫木元さんはどう感じていましたか?
甫木元:国際フォーラムや大阪のフェスティバルホールなど、ああいう特別な場所で演奏すると、会場に助けてもらう部分が凄くあるなと思いました。お客さんも会場が持っている雰囲気を味わいながら客席につくじゃないですか。鳴りも含め、他の箱とはまた変わってくる。その場所でできることをちょっとずつやっていく感じでした。
ーーふたりきりで回った「二人編成ツアー」はかなり濃密な経験だったのではないでしょうか。会場によっては昼夜の2公演があり、全32公演という、かつてない長旅だったと思います。
甫木元:そもそも1日2公演をやったことがなかったですし、あんなにいろんな場所を回るのも初めての経験でした。そこで意識するのが、自分を楽器として考えた時のチューニングの仕方というか。このツアーは自分を見つめ直すきっかけにもなりましたね。会場もそれぞれいろんな個性がありましたし、お客さんのリアクションを見ながら「今ちょっと離れてるな」とか、そういうことも柔軟に考えられるようになって。あれだけの数をやれたことで気づけたことがいっぱいありました。
ーー毎公演、本番直前にセットリストを少しずつ変更されていたそうですね。それぞれの会場の空気感をどのように汲み取って選曲や曲順を変えていきましたか。
菊池:例えば照明のコントロールが効きやすい会場では甫木元さんのピアノ弾き語りのような劇的な展開を入れる、ピアノの状態が万全ではない会場ではシンプルな響きだけで成立させることが難しいため、音数の多い伴奏が合う曲を選ぶこともありました。
ーーそうして会場の環境に合わせて臨機応変に対応していった二人編成ツアーですが、甫木元さんは歌への向き合い方に何か影響はありましたか?
甫木元:そうですね。自分を大きく見せて力任せに歌い上げるのではなく、いい意味で引き算をしながら冷静に歌えるようになってきたのかなと。大きい会場だから、小さい会場だから、といって何か特別なことを持っていくのではなく、その曲に適したことをやってくイメージですかね。これまではライブをやるごとに毎回リセットされる感覚があったんですけど、今はライブごとに積み重ねられるようになってきたというか。作っては壊していくような感覚が、やっと段積みできるようになってきたのかな。そんなスタートに立てる感覚がありました。
ーードラムとパーカッションを左右に配置したZeppツアーについて、「ある種の雑さを許容してみよう」と回答されていました。それはサポート陣を含めた各自の判断に委ねる部分を増やそう、ということでしょうか。また、このツアーでパーカッションを取り入れた理由も教えてください。
菊池:アレンジが大味な内容だったり、甫木元さんのピアノ演奏があったり、それが“各自の判断に委ねる部分を増やそう”という意味でもあります。ただ、各自の判断に委ねるという点については、自分たちの楽曲と即興性の高い演奏とのバランスを改めて考えさせられる部分もありました。
リズムに重きを置いた音楽は、甫木元さんの特性からしてもこのバンドで表現するには向いていないと感じているので、これまで積極的にパーカッションを取り入れようという発想はありませんでしたが、Taikimenはパーカッション以外も色々な楽器が演奏できるのでお願いしました。
ーーサポートメンバーの朝田拓馬さん(Gt)、越智俊介さん(Ba)、小山田和正さん(Dr)はほぼ固定と言ってもいいくらいBialystocksのライブに参加しています。彼らはどんな魅力がある演奏者だと思いますか。
菊池:他のバンドと比べても演奏内容を細かくお願いすることが多いと思うのですが、守るべきことと自由に演奏してほしいことの塩梅を上手く汲み取ってくれるところが特に魅力的だと思います。
甫木元:朝田さん、越智さん、小山田さんは、菊池さんが思い描いていることにしっかり合わせてくれますし、プレイヤーとしての自分のスタイルがある3人だと思います。あんまり上手く言葉にできないんですけど、なんか歌っていて安心する人っているんですよね。懐(ふところ)なんですかね。余白があって、「ここは俺が出るぞ」みたいな音楽のキャッチボールを心地よく感じられるというか。スタジオで初めてその3人とやった時のことは、今でも覚えてます。
ーー二人編成ツアーはタイプの違うボーカリストとピアニストが、独特のバランスで共存しているような張り詰めた緊張感があったように思いました。
菊池:ボーカリストとのデュオという形態は大人数の演奏より慣れていますし、今回は細かい編曲も考えずに望んだので、個人的な緊張感はそれほどありませんでした。一方で、甫木元さんは良くも悪くも暴れ馬のようなボーカリストなので、常に変化を意識しながら、歌の良い瞬間が自然に生まれる流れを作ることを心がけました。
ーー「甫木元は良くも悪くも暴れ馬」「常に変化を意識していた」と書かれていますが。
甫木元:(笑)。最初に楽曲を作る時はふたりとも弾き語りで持っていくことが多いんですけど、二人編成のライブはその時と同じ裸の状態に近い、ということを感じていました。シンプルなものなので、ちょっとしたごまかしもすぐに露呈しちゃうというか。
ーーそのスリルが、あの緊張感を生んでいたんでしょうか。
甫木元:言い方として合っているのかわからないんですけど、やってみないとわからない、その一筆書き感みたいなものをお客さんと共有しながら一緒に作っている感じがありました。そういった意味では、バンド形態でリハーサルをして作り上げてきたものを見てもらうのとは、違う緊張感があったのかもしれないですね。
ーー2人編成ツアーの立ち位置にも言えることですが、ツアーのキービジュアルも対角線にふたりが立って互いに違う方向を向いていました。あの絶妙な距離感こそが、Bialystocksを象徴していると思います。
甫木元:ライブでは物理的にピアノがあるからかもしれないですけどーー確かに菊池さんはギターを弾く時にもちょっと後ろにいましたね(笑)。何かを考えてそうしているわけではないんですけど、結果的にそうなってるのかもしれないです。ルーツも全然違うふたりで1個のものを作るっていう、そのズレの中でできたものがBialystocksにはあると思います。
ーーMCもほとんどなく、ひたすら音楽そのものに焦点を当てるステージのストイックさも、このバンドの特徴だと感じます。
菊池:ライブが始まったら、観ている人の集中力が途切れる瞬間を作らないように心掛けています。MCなど、一息つける瞬間があったほうが良いという意見をいただくこともありますが、自分がライブを観る立場ではそう感じないので、今のところはその考え方を大切にしています。
ーー集中力が途切れないように注力されている。
甫木元:僕は最近、ステージでは告知しかしてないですね。Bialystocksって凄くシンプルなことからバンドが始まっていて、ゴールを決めてそこに向かってやっていくようなこともなかったんですよ。それは曲作りやライブにおいても言えるかもしれないです。自分たちが真ん方にいて何かを考えるというよりは、曲が中心にあって「この曲はこのアレンジだったらカッコいいよね」みたいな考え方をする。菊池さんの言う、観客の集中力が途切れないようにするということは、MVやアートワークの制作にも通ずると思う。曲の邪魔になるぐらいだったら作んなくてもいいかみたいな、それは一貫してることかもしれないですね。いいメロディがあれば、歌詞は意味より響きを重視したいし、何か言いたいことを乗せるのではなく、聴いていてついつい歌っちゃうような、そういう強度のあり方ーーそれは最初から考えていたことでした。
ーー2026年は一転して、すでに3曲のタイアップ楽曲がリリースされています。まずTVアニメ『違国日記』(2026年1月〜3月放送)のエンディングテーマとなった「言伝」は60〜70年代のソフトロックを思い出す心地良い楽曲だと思います。『Songs for the Cryptids』もロックのニュアンスがありましたが、一昨年から昨年辺りは、菊池さんの音楽的な関心がそちらに移っていたところがあるのでしょうか?
菊池:明確なリファレンスのような楽曲はありませんが、ソフトロック的なものはここ2年くらいよく聴いていました。ロックばかりを聴いていたというわけではないのですが、少し複雑な音響の音楽よりはシンプルな音像の音楽に惹かれやすい気分だったと思います。いつも楽曲を作る際の課題として、自分の歌と甫木元さんの歌が真逆すぎて、自分の歌では成立すると思った編曲が、甫木元さんの歌にはそのまま当てはまらないことがあります。この曲ではイメージを甫木元さんに伝えやすくするため、試しに自分の声をAI的なツールで若い欧米女性風ボーカルに変換したらそれが結構良い感じになり、そのニュアンスを甫木元さんに汲み取ってもらうようにしました。
ーー「自分の声をAIで若い欧米女性風ボーカルに変換した」というデモ制作のエピソードが面白いですが、甫木元さんはこのデモを聴いてどうアプローチしていったのでしょうか。
甫木元:『違国日記』という作品が持っている要素には生と死のようなものを感じていて。「言伝」に関しては、個人的には自分を投影しやすいと思っていました。ただ、そうした重さのあるものを描いてはいるけど、アニメには現実をリアルに描いても、いい意味でポップに消化できる強さがあると思っているんですよね。それは前作(『Songs for the Cryptids』)で自分がやりたいことでもあったので、そこを引き継ぎながら書くようなイメージでした。「言伝」はエンディングで流れた時に、アニメの登場人物の誰かに紐付けられるような余白があるといいなと思って作りました。
ーー歌詞で意識したことはありますか。
甫木元:菊池さんが作曲する曲は大体英語で作詞されたものがデモに入ってるので、その音の響きを崩さない日本語で書くというのがまず前提にあって。そうすると歌詞はパズルみたいに作っていくことになるんですよね。それって映像の編集をする時と似てるなと思うんですけど、言葉の持ってるイメージが並びによって変わっていくというか。そこで変わっていく印象を楽しみながら、言葉をパズルみたいに組み合わせていく。なるべくシンプルな言葉を使って、その言葉の持ってるイメージをぶつけ合いながら、聴いてる人が何か想起できるものを作れたらいいなと思いながらやっていました。
ーー英語の響きに日本語を当てはめていく制約のなかで、「もっと自由に書かせてくれ!」と思うことはないんですか?
甫木元:様々な制約の中で自由になることがあるなと思います。あと、タイアップの制作だからこそできることのひとつに、自分だけで考えていてもできない方向に曲がってくというのがあると思っていて。照れくさいこともタイアップだったら開き直って言えるとか、一人称が「私」になるとか、そういう些細なことも含めて視点が外に向いていく。自分じゃないものになれてる感じがありますね。
ーー「Everyday」は、Queenのような壮大な展開がドラマを彩りました。フジテレビ水10連続ドラマ『ラムネモンキー』(2026年1月〜3月放送)の主題歌として書き下ろした曲です。
菊池:展開含め即興的に一気に作ったので、自然と壮大な展開になっていきました。いつの間にかQueenのような感じになっていたので、これを機にQueenやその影響下にあるようなミュージシャンを色々研究して、思い切って寄せました。
ーー彼らの音楽のどういった部分に興味を持ったのでしょうか。
菊池:研究という言葉は大げさすぎましたが、アレンジや録音の雰囲気など細部を以前より意識して聴いてみました。Queen系統の音楽が自分のルーツだとは感じませんが、クラシック的な面での共感はあります。
ーー甫木元さんはこのデモを聴いた時どう思われましたか?
甫木元:二人編成のツアー中にお互いが持っている曲を聴かせ合うことがあったんですけど、その時から凄くいい曲だと思っていました。まあ、これはどうやって歌うんだろうとは思いましたけど(笑)。
ーー今回は主題歌だけでなく、劇伴も含めてドラマの音楽をトータルで手がけるという大きな挑戦でした。その全体のバランスのなかで、この「Everyday」の歌詞はどう導き出したのでしょうか。
甫木元:「Everyday」は脚本だけを読んでその世界を想像しながら楽曲を作ったので、歌詞の視点をどこに置くかはちょっと悩みましたね。ただ、ドラマが持っている青春時代という要素から、誰もが一度は経験したことがある些細な別れを書こうと思いました。この歌詞もタイアップだから出てきたものかなと思います。
ーーテレビ朝日の報道番組『サタデーステーション』のテーマ曲となっている「一瞬」は、Olivia Deanを思わせるジャジーなR&Bです。この曲の制作中に念頭に置いていたことがあれば教えてください。
菊池:元々は普通の4拍子の曲として作曲していました。最終的に取り入れたビート感は、数年前から「Everybody Wants To Rule The World」(Tears For Fears)がSNSで広まるなか、インディーシーンにも徐々に増えてきた印象がありました。それが「DAISIES」 (Justin Bieber)や「Man I Need」(Olivia Dean)のヒットで、個人的にはより顕著になったように感じています。なので、今さら自分があえてそのような曲を作る必要はないかなとも思っていたのですが、日本語詞、甫木元さんの歌、作品全体とのバランスを考えた結果、今回のようなプロダクションが曲に対して最適だと判断しました。
ーー甫木元さんの書いた<一瞬そう手を振る>というフレーズが非常に印象に残りますが、この曲で念頭に置いていたことは?
甫木元:「一瞬」はなるべく最小限の言葉で書きたいと思っていました。今回、初めて報道番組のテーマ曲を書き下ろす機会だったので、その番組の中でどう響くかは意識しました。今って、本当にいろんなことが現実で起きすぎていて、映画より面白い現実になっているというか、みんなが面白がっちゃう現実があると思うんです。ちょっとした言葉をぽっと放つだけでも、そこに勝手に物語がつけられて炎上したり、喜んだり悲しんだりする人がいる。
ーーまさにそうですね。
甫木元:手を振ってる人を見た時に、助けを呼んでる人にも見えるだろうし、ただ呑気に手を振っていると思って振り返す人もいるでしょうし、見る人の状況によってその場面も変わるじゃないですか。なので、ニュースの映像がこの言葉に引っかかった時に、どういう見え方をするのかなって。手を振るということですらいろんな意味を持っちゃうとしたら凄い世の中だなと、そういうことを考えながら書いてました。角度によってものの見方も変わるし、何が本当なのかもわからない。正解か不正解か、みたいなことを言うこともできないですし、中心がない感じがずっと続いていると思う。みんなストレンジャーというか、みんなが彷徨ってる感じ。その右往左右してる様みたいなものを、そのまま開き直って書いちゃうっていうのはありましたね。
ーー結成から7年が経ちました。おふたりにとってBialystocksは今どういうバンドになっていますか。
菊池:世の中に音楽を発表し続けていながらこう言うのもなんですが、未だに習作を作り続けている感覚です。バンドというよりは、甫木元さんとの1回ずつのプロジェクトを連続して行っている感覚も強いので、作風に一貫性がないかもしれません。ただ、甫木元さんのボーカルについて言えば、器用なボーカリストではないからこそ、ひとつのバンドとしての一貫性をぎりぎり保つ綱を担っていると思います。
甫木元:自分では思い浮かばない方にどんどん流れていっているので、それを素直に面白がれるかどうか、その中で自分ができることをやっていくという感じです。でも、(菊池と)全然ルーツが違うんですよね。だからそれが混ざってるってことなんですかね……うーん、でも、そこまで客観視できていない。Bialystocksがどういうものなのか、自分が一番よくわかってないかもしれないです。たぶん菊池さんはもっと見えていることがあると思うんですけど、僕はただ必死にやってるだけですね。
ーーちなみに、Bialystocksの楽曲で、ライブで歌いやすい曲とか、歌っていて楽しい曲はありますか?
甫木元:……全部難しいです(笑)。
ーー(笑)。ではBialystocksを聴いたことない人に「どんなバンド?」と聞かれたらなんと答えますか。
甫木元:それ毎回困るんですよね。特に祖父に説明するのが難しくて、それで「早く就職しろ」って言われるんですけど(笑)。でも、ひと言では言えない感じが続くといいな。そういう身軽さを持っていたいです。技術的なこととか、僕の声が合わないとか、そういうことはあると思うんですけど、こういう曲はできないみたいな、そういう束縛のない自由な創作の場になったらいいですね。Bialystocksってこんなバンドだよねって思っている人もいると思いますし、タイアップでイメージを持ってくれた人もいると思うんですけど、それに向かって作り手側が合わせていく必要性は今のところ感じてないので、ふたりが思ういい曲を中心にやっていきたいです。
ーーそんな難曲を生み出す菊池さんというピアニストを、甫木元さんはどう見ていますか?
甫木元:ジャズがルーツにありながら、凄くど真ん中のものも作れると思いますし、僕が聴いてきた音楽とは全然違う領域を知ってる。やっぱり音楽全体が好きなのかな。制作ではこのメロディだったらこの編曲がいいんじゃないかとか、これがグっとくるんじゃないかとか、ああでもない、こうでもないと言いながら菊池さんが編曲してくれます。それで自分が思ってもみなかったことになったりするので、考えてもなかった方向に引っ張ってくれる人、という感じですかね。
ーーでは最後に、今後の目標と、目前に迫った日本武道館公演へ向けての意気込みをそれぞれお願いします。
菊池:ここ数年プロダクション的な面について向き合う時間が多くライブとレコーディング以外で全く楽器を弾かない日々が続いているので、一度まとまった時間で楽器を猛練習しようと思います。最近のライブのテーマでもありましたが、武道館ではとにかく完成度の高さを追求したいです。それができて初めて次のステージに悔いなく進めると思っています。
甫木元:とりあえず健康で武道館に立つことですね。ライブをやる方もお客さんも共通のイメージを持って集まれる場所って、そんなに日本にあるわけでもないので。武道館でしかできないことを考えつつ、お客さんも僕たちも一緒に楽しめたらいいですね。